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ロハスな生活で健康&ダイエット信州の自然&風景若一王子祭り 子ども流鏑馬

信州の自然&風景

若一王子神社(にゃくいちおうじじんじゃ)のお祭は、7月の第4日曜日の前々日から3日間に渡り行われます。私が子供の頃は、京都の祇園祭と同じ日程で、7月15日、16日、17日でした。

若一王子祭りは、なんと700年余りの伝統を持つそうです。
稚児行列や子ども流鏑馬、舞台(山車)などがあり、今では多くの観光客が訪れるようになりました。

流鏑馬は、京都の賀茂神社、鎌倉の鶴岡八幡宮と並ぶ三大流鏑馬のひとつで、中でも子ども流鏑馬は、全国的にもとても珍しいものですが、当時(平安時代〜戦国時代)この地を治めていた仁科氏が、京都の賀茂神社の流鏑馬を伝えたものともいわれています。

子ども流鏑馬騎手













明治維新までは、仁科神明宮と若一王子神社で共に行い、およそ2里の道のりを遠乗りしたそうですが、経済的な事情から若一王子神社だけが続けてきたのだそうです。

流鏑馬は10の町から10騎出され、今年は10頭のうち5頭が木曽馬でした。
普通の馬に比べると小さくて、子どもにはちょうどよい大きさですね。
性格もおとなしそうです。

大黒町騎手













射隊は一番北の町から順番に「ハオ〜、ハオ〜」の掛声と共に本通を下り、
JR信濃大町駅前で一騎一回の最初の奉射をし、その後休憩をはさみ、
いーずら大町特産館前で二度目の奉射。巡行改めの儀が行われた後は、
九日町、大黒町公民館前でも奉射します。

そして神社では、3箇所の的場を1時間ほどかけ合計9回まわります。
最初の3回は矢を射らずに回り、次の3回は矢を射り、最後の3回は的に矢をつけるだけです。

流鏑馬騎手













地元の人間なのに、初めて知りました。
子供の頃のお祭りと言えば、縁日(屋台)が最大の関心事でしたからね。

とにかく、境内はすごい人で身動きが取れないほどなんです。
地元の人でも、本通で見るだけで、境内まで行かない人もたくさんいます。

流鏑馬が終わると、旗手である子どもたちは足が地面につかないように本殿に運ばれ、お払いを受けます。そして、夕食後帰路につきますが、帰りは行きとは違う身支度なんだそうです。

子供の頃は、「射隊が来た!」とは言わずに、「ハオハオが来た!」と言っては表に飛び出していったものです。お恥ずかしい話ですが、「ボボ様」の帰る姿がそんなだったなんて全然気がつきませんでした。

朝早くから夜遅くまで、本当にお疲れ様でした。

次回は、舞台についてご紹介します。

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